大学院生時代

その後、ただ世界のからくりを知りたいという知的好奇心のみに駆動されて、大学院工学研究科高分子化学専攻で修士課程、ついで博士課程と進学することになりました。修士課程の頃、急に様々な色が生々しく突き刺さってくるようになりました*1。これをきっかけに、人間の主観に興味が湧いてくると共に、活動度が増し、日記*2と本*3が手放せなくなりました。

大学院での研究内容

学術的正確さを犠牲にした平易な説明

我々の身近にあるものは、百種類あまりの原子と呼ばれる微小な粒子から出来ています。それらの原子はいろいろなつながり方が可能です。つながり方やつなげたものの混ぜ方、並べ方、動かし方の違いにより、様々な性質の違いが生まれます。我々は、原子のつなぎ方や混ぜ方、並べ方を工夫することにより、今までこの世に存在しなかった新しい機能をもつ材料を作り、その性質を調べています。具体的には、リビングラジカル重合法と呼ばれる分子(原子がつながってできたもの)を丁寧に長くつないでいく技術を用いて、平らな表面から、高分子鎖と呼ばれる細長くてやわらかいとても小さな紐*4を同じ長さでたくさん密集させて生やします。この表面どうしを向かい合わせて、生やした紐(高分子鎖)とよくなじむ液体に浸した状態で押し付け、摩擦力を測ってみたところ、世界で最もつるつるな(摩擦力の小さい)表面の一つだということが分かりました。現在、紐の長さや生やす密度、押し付ける力の大きさや滑らせるスピード、温度を変えるなど、様々なことを詳しく調べていました。まだ実用化されていませんが、例えば人工関節などへの応用が検討されています。

もう少し詳しい説明

新規高分子材料の設計とその機能の評価、機構の解明に携わっています。近年、リビングラジカル重合法という簡便で汎用性の高い精密重合技術を用いることにより、基板表面にリニアポリマーが高密度に精密グラフトされたブラシ状新規高分子構造体―濃厚ポリマーブラシ―の作製が可能となりました。濃厚ブラシにおいては、グラフト鎖の高伸長コンホメーションに由来した種々の特異な性質の発現が期待され、また、実証されています*5。私は、種々特性評価の一環として、ポリマー被覆表面を対向させ、良溶媒中における摩擦力を、原子間力顕微鏡を用いて測定しています。瞠目すべき結果として、例えば、約0.0001という類似測定環境において最小の摩擦係数が得られていることが挙げられます。この低摩擦特性発現の主因として―液中ブラシ層の濃厚溶液系ゆえの大きな浸透圧が荷重を支えることにより基板間に流体層が保持されること、および、圧縮した際、高伸長コンホメーションをとるブラシ鎖は形態エントロピー的優位のため収縮し、対向ブラシ鎖間の相互貫入が阻止されること―これら二点を考えています。この超低摩擦表面の種々条件における摩擦力を測定し、その機構の体系的理解に努めておりました。
今後、気が向いた時に勝手に加筆修正すると思います。

*1:初夏のいちょうの葉の深緑がいきなり異様な質感で突き刺さってきたのが始まりでした。感受性がある強度を超えた場合、対象を目で「味わう」ことと「観察」することを同時に両立させることが不可能だということを知りました。論理的思考をするためには情動の揺らぎがある範囲内に治まっている必要があるようです。景色がそれまでよりきれいに見えるようになってうれしい半面、大幅なスキルアップのため大半の時間を論理的思考や知識の獲得に費やす必要があった当時は、思うように制御できない自身の心身のあり様に困っていました。とにかく当時は、学びまくって、動き回って、全力でいろんなものを吸収していました。非常に充実していましたが、一方で生き急いでいたようにも思われます。

*2:何を見ても言葉が次々にあふれ出てくるため、常に持ち歩いて書き留めざるを得なくなりました。膨大な量の日記は開くと症状が悪化するので封印しています。

*3:目安として、後世岩波文庫入りするくらいのクオリティーの著作を、人生で一冊出版することが難易度の高い夢の一つです。より本質的には、そういうものが残せるくらいの修養を積み、精一杯命を輝かせたいということです。

*4:例えば太さが約百万分の一ミリメートルで長さが一万分の一ミリメートル

*5:例:良溶媒中における高弾性特性、タンパクのサイズ排除効果等